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2016年7月

2016年7月13日 (水)

「足らず講釈♯50」〜Rewriting of "Tarazu-Kousyaku"#50

“Tarazu-Kousyaku”♯50】(Rewriting)

それでは、50番目の目撃報告です。

 

「先日、日光(にっこう)にあるお寺にお参りに行きました。そのお寺のお堂は、三次元に足りていませんでした。これが百足らず様のお通りの後であったなら、ありがたいことだと思います。講釈をしていただければ幸いです。」

 

ということです。

 

講釈を進めるにあたって、まず写真をご覧いただかなければなりません。それは、少々刺激的な写真です。

<sub 注:講釈は創作です。事実とは一致しないことが含まれています。>

 

まず、この写真です。実は撮影者にとって、このように見える寺院は、別のある人にとっては、このように見えています。また、別のある人にとっては、このように見えています。

 

すぐには信じられないことですが、順を追って、説明しましょう。

 

これはよく見てみますと、見えているのは実際の寺院ではありません。スクリーンに描かれた二次元の寺院です。まさしく横のX軸と縦のY軸だけがあり、奥のZ軸に実体がありません。

 

実はこれは、百足らず様の所業です。百足らず様は、有名な思考実験「ユリアの寺院」にヒントを得ました。それは、1980年代後半に掲示された実験です。同時に、百足らず様は、この「ユリアの寺院」の実現に先駆けて、「奥仕舞」(おくじまい)をしています。このように、今回は少々複雑でありますが、なにとぞ最後までお聞きください。

 

まず、百足らず様は、この「足りすぎ世界における価値観の誘導と画一化」を解消したいと考えました。この世界では、誰もが同じ価値観を持ち、同じ物を欲しがっています。その前提において、不必要な物、有害な物も含めた大量の物が、広域に渡って供給されています。このことは、皆さんが既にご存じのとおりです。

 

人々は、何らかの価値観を自発的なものだと信じています。そして、それを背景にして、不足感を抱くように条件付けられています。全ては供給者の思惑通りに運びました。そのため、巨大な供給者は、国家を超える権力を広域にわたって持つようになりました。そして、人々はその奴隷として、条件付けられた不足感や不安から脱出するためだけに働き、消費するマシーンと化しています。

百足らず様は、まず、この権力が及ぶ範囲を狭めるために、部分的に「奥仕舞」(おくじまい)をなさいました。「奥仕舞」(おくじまい)とは、その言葉の通り、物理空間から奥行きを無くすことです。

 

このことによって、「奥仕舞された空間」で、人々が供給者の権力から影響を受けるのは、X軸の横、そしてY軸の縦の空間だけとなります。Z軸、つまり奥行きの空間では自由の身となります。従って人々は、奥行きとしてのZ軸上では、自らの価値観を育て、自ら意思決定できるようになります。

 

余談ではありますが、現在、「EUという奥行き」が、この「奥仕舞」の影響下にあると云われております。

 

さて、次に、百足らず様は、「Z軸で自由になった人々の自立妨害」を排除するために、「クオリアの最適化」を一時的に粉砕することにしました。百足らず様は、思考実験「ユリアの寺院」をヒントにしました。まず、「クオリア」のおさらいをしましょう。

 

ここに「赤」という色があります。物理的には、特定の周波数を持った光を放っています。この特定の周波数の光を放つ色は、誰が見ても「赤」です。しかし、私が見ている「赤」と、あなたが見ている「赤」は、同じでしょうか。それらが同じものであるかどうかを、確かめる方法はありません。

 

たとえば、「赤」は、私にはこのように見えています。

しかし、あなたにはこのように見えているかもしれません。

それを確かめる方法はありません。

あなたも私も、それを「赤」と云うからです。

これを「クオリア」と云います。

 

さて、ユリアは、寺院のない世界で暮らしています。しかし書物に書かれた文字によって、彼女は寺院の全ての属性を学習しました。つまり、つまり彼女は、「これこれのようなものが寺院である」という記述を、すべて記憶しました。それは、「これこれの周波数を放つ色はこれこれの色である」と記憶するのと同じようなことです。

 

ある日、ユリアは寺院のある世界を旅し、本物の寺院を見ました。その時、彼女は本物の寺院から学ぶものはもうないのでしょうか?

彼女の寺院のクオリアは書物には書かれていないし、書くことができません。ユリアは、寺院の美しい佇まいに初めて感動しました。そしてユリアは、あのように美しい寺院のある世界の住人を羨むようになりました。

 

百足らず様は、ユリアのこのクオリアに注目しました。それはユリアの心に羨望を生じさせました。多くの人々が、同じものに価値があると信じ、同じものを欲しいと錯覚しています。それは、すべての人が同じものを見ていると信じているからです。しかし、クオリアは、完全に個人対応で最適化されています。みんなが同じものを見ているかどうかは、確かめる方法がありません。

 

もしも、このクオリアの最適化を粉砕し、他者のクオリアが自分の中に入りこんだら、人々は混乱します。そして、自分が見ているものが、本当に価値があり、必要なものかどうかを、自分で考えるようになるでしょう。すると「人々は自ら決定を下すようになる」と、百足らず様は考えました。

 

そこで、百足らず様は、「奥仕舞」をした寺院の前に、「縁切り幕」を張りました。個人個人に最適化されたクオリアとの縁を切り、その幕にはランダムに他者のクオリアが投影されるようにしました。

 

もう一度この写真を見てください。

これは、まさに、あなたに最適な寺院のクオリアが、「縁切り幕」に投影された瞬間です。偶然、その瞬間が撮影されただけのことです。

次の瞬間には、あなたとあなたに最適化されたクオリアの縁は切られます。そして、他者のクオリアが紛れ込みます。

 

確かにあなたは、この写真のように寺院を見たかもしれません。しかし、それはあなた以外のある人にとっては、このように見えており、また別のある人にとっては、このように見えています。しかも、全てはそこに歴然と存在する寺院です。やがて、あなたにも寺院がこのように見え、またはこのように見える時が来るでしょう。

 

あなたの頭は混乱するかもしれません。しかしそれによって、多くの人達が、錯覚から目覚めるチャンスを掴みます。その錯覚とは、知らないうちに強制された価値観や欲求のことです。

 

「奥仕舞」と「縁切り幕」は、今後あらゆる場面に施されていくでしょう。百足らず様は、「奥仕舞」と「縁切り幕」を施しました。それは一時的なものです。それによって、社会は混乱するでしょう。しかしそれは、本当の人類史の曙を意味します。それは、人々が奴隷生活から解放され、自ら考え、自ら決定を下す結果生まれるものです。

 

以上です。

末広がり様。

 

 

 

2016年7月 6日 (水)

「足らず講釈♯45」〜Rewriting of "Tarazu-Kousyaku"#45

“Tarazu-Kousyaku”♯45】(Rewriting)


「足らず講釈」です。

それではナンバー45の目撃報告に対する講釈から始めましょう。

 

「何故か馴染み深いこの画像ですが、何か大事なものが足りない気がします。

これは、百足らず様が通った痕跡でしょうか?」

 

ということです。

大事なものが足りないというご指摘ですが、もう一段深い考察をしてほしかったです。

 

ご指摘の「大事なもの」とは、ステルス・メジャー平沢のことだと思います。彼は現在「ステルス中」です。彼は「ステルス中」と言うならば、良い響きに聞こえます。しかし、ただ単に彼は、看板の後ろで親しい友人と歓談中なだけです。


<ガララ…引き戸が開く>


 ということで、これは百足らず様が通った証拠ではありません。単に隠れて休憩しているに過ぎないということだと理解してください。

  

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